酒場紀行 vol.3
高輪・46番地
高輪は古くから格式ある邸宅や寺院が点在し、近年は国際会議も開催できるホテルや大使館が軒を連ねる街として知られている。品川駅高輪口から徒歩数分なのにとにかく静かだ。しかし、2020年3月から羽田空港の新しい飛行ルートが品川上空を通過することになった。飛行機好きの著者は、着陸体制に入った航空機が気になり、空を見上げては航空会社と機種を確認する。
話を46番地に戻そう。品川駅高輪口前通りの国道から緩やかな坂を上がりきった突き当たりに、ひときわ小さな酒場「46番地」がある。このお店の店内はとにかく狭い。客は立ったまま杯を傾ける。トイレに行くのも苦労する。しかし、この空間に集う客の顔ぶれは実に多彩だ。ある夜はある大使館の大使夫妻と職員が親しげにグラスを傾け、また、ある夜はグローバル企業の代表が肩書きを忘れてグラス片手に客同士触れ合う。肩ひじを張らずに、誰もが自然体で交わる。この酒場の魅力は、まさにそこにある。その空気を支えているのが、オーナーのケイコママである。やさしい笑顔と機転の利いた言葉で、初めて訪れる客も瞬く間に馴染ませてしまう包容力を持つ。スタッフのタツさんとノリピーさんもカウンター越しに気配りを欠かせない。

ケイコママからこの店で一日限りの“マスター”を務める機会をいただいた。46番地の近所に住んでいる森さんが、心強い助っ人として駆けつけてくれた。普段から料理好きで知られる森さんが、特別に手作りのおつまみを用意してくれた。開店して間もなく、近くの大使館夫妻が来店してくれた。「このジンはとても美味しい。ここで購入できるか?」と聞かれ、2本ご注文いただいた。後日、大使館にお届けした。

カウンター越しにグラスを手渡し、「露」の香りと味わいを紹介する。ひと口含んだ客の表情がほどけ、やがて会話が広がっていく。国籍も職業も世代も異なる人々が、一つの酒を介して自然に心を通わせる。その夜の光景は、まさに「露」という名に込めた願いが、人と人を結び、ささやかな潤いを届ける。「46番地」は、空間の小ささに似合わぬ大きな広がりを秘めた酒場である。そこに集う人々の縁が重なり合い、街の物語を新たに紡いでいく。静かな高輪の夜、その扉の奥には、思いがけない出会いと温かな一献が待っている。常連さんやオーナー夫妻と一緒に出かける旅行企画も立ち上がり、店を飛び出して楽しむ新しい交流が始まろうとしている。これから「46番地」の新しい物語が始まる予感がする。