酒場紀行 vol.9
銀座「憩 -ikoi-」——人の温もりが灯る場所
銀座8丁目のソニー通りビルの2階、エレベーターを降りると豪華なお花が迎えてくれる。やはり銀座は華やかな場所だ。和酒処「憩 -ikoi-」。その名のとおり、この店は訪れる人に“憩いの時間”を届けてくれる。

ママのアミさんは、銀座で長年にわたりお客様をもてなしてきた女性だ。お客の一歩先を読み解く心配りがすごい!16年前、この和酒処「憩 -ikoi-」を開いたのは、前に雇われママをしていた銀座7丁目のお店が高級クラブに業態を変えると聞き、常連のお客様たちが行き場を失うことを案じたからだという。「せっかくのご縁を、ここで途切れさせたくなかったんです。」アミさんはそう静かに微笑む。
カウンターの後ろの棚にずらり並ぶのは全国から取り寄せた焼酎の一升瓶だ。間接照明に照らされた焼酎が輝き、どれも美味しそうに見える。アミさんは時間を見つけては蔵元を訪ね、造り手の想いを直接聞く。「お酒を提供する以上、誰がどんな気持ちで作っているのかを知りたいんです。」その言葉通り、ここで出される焼酎には、造り手と店の心が通っている。
3年前から、アミさんの夫・コージさんもカウンターに立つようになった。大手広告代理店出身という異色の経歴だが、その立ち居振る舞いは自然体で、コージさんが注ぐ生ビールがまた格別にうまいと評判だ。お店の名刺のデザインもコージさんの手によるもの。芋づるが名刺と名刺をつなぐ意匠には、「お客様のご縁が芋づるのように広がってほしい」という願いが込められている。

憩の料理を支えるのは、開店当初から腕を振るう板長の渡邉さん。和の心を大切に、どの皿にも温かみがある家庭料理のようだ。丁寧な仕事が伝わる味に、思わず杯が進む。
「憩 -ikoi-」は会員制。常連さんの紹介が近道だ。心から安心してくつろいでもらいたいというアミさんの思いからだ。カウンターには一人で静かに杯を傾ける人、テーブルでゆっくりと語らうカップルや接待客。どの席にも、柔らかな灯りと人のぬくもりがある。
この夜、コージさんがそっと教えてくれた。「露も評判がいいんですよ」その言葉に、思わず胸の内が温かくなった。銀座の喧騒の片隅にある、小さな「憩い」の空間。そこには、人と人のつながりを大切にする、16年の歳月が静かに息づいていた。
和酒処「憩 -ikoi-」 東京都中央区銀座8−5−24 銀座BOSSビル2F 03-6218-4150

