酒場紀行 vol.2
鎌倉・二階堂「鎌倉古今」
鎌倉駅から人波を離れ、鎌倉八幡宮から雪ノ下を通り二階堂へ足を進める。小町通りの喧噪が遠ざかり、緑の匂いとともに静けさが濃くなってゆく。雪ノ下や二階堂の道は、古都の時間がまだしっかりと息づく場所だ。苔むした石段、竹林を揺らす風、山裾から流れる水の音。明治天皇により創建された「鎌倉宮」から徒歩数分で現れるのが「鎌倉古今」だ。
閑静な邸宅地で江戸時代から住み継がれてきた古民家をフルイノベーション。木格子の扉をくぐると、鎌倉の空気をそのまま写しとったような空間が迎えてくれる。柔らかな灯りに照らされたカウンター、ここには、時の流れがゆるやかに流れていく。
カウンターに腰を下ろすと、総支配人の平山さんが笑顔で迎えてくれた。ここは山里の家に帰ってきたような安らぎがある。客同士が無理に言葉を交わすこともない。ただ、静かな沈黙が互いをゆるやかにつなげている。

最初の一杯に選んだのは、もちろん鎌倉クラフトジン「露」。氷を転がすと、柑橘とハーブの香りが立ちのぼり、ふと窓の外に広がる鎌倉の緑を思い出させる。飲み口は凛としながらも、余韻はしっとりと長い。まるでこの町そのものを写しとったようだ。総料理長の山口さんからカウンター越しに本日の具材の仕入れ先、調理方法など丁寧に説明があった。このやり取りが本当に楽しい。
女将のみかさんは静かに語る。「鎌倉という場所は、海と山と街がすぐそばにあって、人の気配も自然の気配も近いんです。お酒を楽しむにも、その重なりを感じてほしいと思っています」。小皿に供されたのは、近隣の農家から仕入れた野菜を使ったひと皿が、ジンの清らかさと響き合う。土地の恵みを酒とともにいただくことで、ただ「飲む」以上の体験が広がっていく。

グラスの中の氷が静かに解けてゆく。その音に耳を澄ましながら、私はふと気づいた。サンボアで感じた「歴史の重み」と、鎌倉古今で味わう「鎌倉の土地の息づかい」。それは異なるようでいて、どちらも「露」が人と時を結ぶ営みだった。鎌倉古今を訪れることは、ただ食事を楽しむだけではなく、鎌倉そのものに深く触れることができる。