酒場紀行 vol.14
逗子 焼き鳥すみちゃん ― 熱と想いが伝わるカウンター
逗子の街に夕暮れが落ちる頃、ふらりと”のれん”をくぐりたくなる店がある。
JR逗子駅から徒歩5分の「焼き鳥すみちゃん」。路地に漂う炭火の香りは、初めて訪れる人も、いつもの常連も、自然と足を店へ向けてしまう。

カウンター奥の焼き場に立つのは店主のすみちゃん。
東京・新橋の焼き鳥屋で長年修行し、その店が閉じる際、昭和30年からつぎ足し続けてきた伝統のタレを託された。70年の歴史を持つタレの深みは、炭火で炙られた瞬間にふわりと甘く香り、客の食欲をぐっと引き寄せる。塩も抜群にうまい。だが、ここに来たら一度はタレを味わいたい。焼鳥の“命”が静かに、しかし確実にそこにある。地元の逗子や三浦の野菜、湘南の地鶏を使うなど、素材へのこだわりも徹底している。
焼き場を支えるのは相棒のけんごさん。真剣な眼差しで串を返し、すみちゃんの背中を見ながら、その味と想いを確かに受け継いでいる。客席側を明るく彩るのは、サービス担当のアルバイトの陽(あかり)さんと颯梧(そうご)くんだ。二人の気配りに満ちた接客は、初めての客の緊張をほぐし、すみちゃんらしい「あったかい夜」をつくり出している。

そんなすみちゃんのカウンターに、ある夜「鎌倉クラフトジン 露」が並んだ。最初にすみちゃんから注文を受けたとき、正直、私は少し不安だった。焼鳥すみちゃんのドリンクメニューは、一杯の単価が600円前後だ。露だと一杯の単価が倍近くになってしまう・・・。あまり注文が出ないのではないかと思った。しかし、その心配はすぐに消えた。カウンター越しにすみちゃんが、お客様に「露」のストーリーを熱く語ってくれるのだ。鎌倉で生まれたジンであること、浄智寺の名水を使用していることなど、造り手への想いを語ってくれる。本当に感謝しかない。すみちゃんの話しを聞いたお客様が露を一杯注文し、グラスを口に運ぶ。「美味しい!」という声が店内に響く。その声が隣の席へ、さらに隣へと連鎖していく。まるで炭火のように、想いの熱が伝わっていくのだ。この日もカウンターで露を飲んでいたら、隣のカップルから「それ、ジンですか?」「美味しいですか?」と話しかけられた。気づくとそのお客様は、自然と露を口に運んでいた。

カウンターに座ると、まず、鎌倉野菜の漬物がお通しに出てくる。そして必ずもつ煮込みを注文する。もつ煮込みは驚くほどボリュームがあり、とても美味しい。焼き鳥が焼けるまでの“つなぎ”のつもりが、思わず箸が止まらなくなる。素材の力を素直に引き出す、すみちゃんの丁寧な仕事ぶりが伝わる。


すみちゃんは、常連さんとゴルフに出かけたり、春には恒例のお花見会を開催したり、とにかくタフで、まっすぐで、人が自然と集まってくる。その温かいコミュニティの中で、露のファンも次第に増えていった。
ある日、すみちゃんで露を飲んだというお客様から、私のもとへ直接電話がかかってきた。「このジン、家でも飲みたいんです。どこで買えますか?」そんな連絡をいただくこともここ最近は多くなってきた。店での一杯が、誰かの日常を少し豊かにしてくれる——そんな瞬間に立ち会えた気がして、胸が熱くなる。
今日もまた、焼き鳥の香りと笑い声が交わる“すみちゃん”の夜。
そして、その片隅で、露のボトルもまた、ひっそりと確かな存在感を放っている。
