酒場紀行 Vol.17
横浜・野毛 FENICOTTERO(フェニコッテロ)
野毛という街は、少し騒がしくて、少し雑で、そしてとても人間臭い。昭和の香りを残す飲み屋が軒を連ね、週末ともなれば路地に人が溢れ、ホルモン焼き、焼き鳥の煙が街に充満する。笑い声と酔いの熱気が夜気に混ざる。きれいに整った街ではない。だが、その分だけ、懐が深い。

JR桜木町駅から徒歩3分。野毛の雑居ビルの2階に、FENICOTTERO(フェニコッテロ)はある。看板は控えめ。鉄製のドアは無愛想で、一見さんにはなかなかの試練だ。この鉄ドアの向こうに何があるのか分からない。だが、野毛で飲み歩いていると、不思議と「えいや」と扉を開けたくなる瞬間が訪れる。

お店は立ち飲みのワインバー。肩と肩が自然に近づく距離感。カウンターには手作りのおつまみがずらりと並び、どれも気取らないが、しっかり美味い。生ハムはオーダーが入ってからスライスされ、ジャガイモのグラタンは必ず注文したくなる定番だ。イタリアの生ビール、ペローニのサーバーが存在感を放ち、ここが“立ち飲み以上”の店であることを静かに主張している。

ある日、友人と野毛を飲み歩いていた。立ち飲み、焼き鳥、もう一杯。そろそろ帰ろうかと駅に向かって歩いていると、ふと目に留まった一軒があった。とくに理由はない。長年の勘だ。ただ、なぜか気になった。「一杯だけなら」そう言って、思い切って飛び込んだ。当時、フェニコッテロは路面店だった。現在の場所へ移転する前のことだ。そこで初めて会ったのが、オーナーの三川郁治さん。物静かな人だ。この店は当時から基本立ち飲み。有料で椅子をレンタルするという、野毛らしくもどこか洒落た仕組みだった。カウンター越しに見えたキッチンは、驚くほど整理されていた。雑多な街の野毛にあって、この整然さ。そのギャップに、「この店は信用できる」と直感した。勘は鈍っていない!飲食店の本質は、厨房に出る!

現在、店長を務めるのは森絵美さんだ。森さんはリーズナブルで、なおかつ満足感のあるつまみを追求し続けている。飲み屋でありながら料理に手を抜かない。その姿勢が、この店のポリシーだ。森さんの関西弁がなぜか優しく聞こえて心地よい。
オーナーの三川さんと初めて会ったあの日、何気なく鎌倉クラフトジン露の話をした。それからしばらく時間が経ち、ある日一通のメールが届いた。三川さんから露の注文だった。こんなに嬉しいことはない。

今、フェニコッテロの黒板メニューには「鎌倉クラフトジン露」の名がある。野毛の雑踏の中で、偶然の出会いが静かに続いていく。この街では、そんなつながりこそが、何よりも自然なのだ。今日もまた、誰かが鉄のドアの前で一瞬立ち止まり、意を決して扉を開ける。そして一杯の酒が、人と人を、野毛らしく、温かく結びつけていく。
横浜・野毛 FENICOTTERO(フェニコッテロ) https://www.instagram.com/fenicottero1993/?hl=ja

