酒場紀行 Vol.19
鎌倉・御成通り「御成Bar &Cafe」
鎌倉駅西口を出てすぐに伸びる御成通りは、小町通りとは少し違う時間が流れている。観光客で賑わう小町通が「訪れる鎌倉」だとすれば、御成通りは「暮らす鎌倉」。派手な看板は少なく、店もどこか控えめだが、その分、一軒一軒に店主の顔や物語が滲んでいる。夜になると通り全体が静まり、灯りのともる店に自然と人が吸い寄せられていく。御成通りとは、鎌倉の日常と酒場がもっとも自然に溶け合う場所なのかもしれない。生活の匂いが同居するこの通りで、静かに存在感を放っているのが鎌倉駅西口から徒歩3分の御成Bar &Cafeだ。この店がオープンしたのは2021年4月。今から5年ほど前、新型コロナウィルス感染症の影響でまだ街から「外で飲む」という習慣がすっかり消えていた頃のことだ。

御成Bar &Cafeの店主は藤井孝さん。藤井さんはそれ以前、稲村ヶ崎の海岸通りで20年にわたりBarを営んできた生粋のバーテンダーである。ただ、藤井さんは、ずっと引っかかっていた想いがあった。「Barは、どうしても敷居が高いんです。来るのは大人ばかり」「もっと幅広い世代に、日常の延長線上で”酒と食”を楽しんでもらえないかと考えていました」そんな思いから、稲村ヶ崎では夜のBar営業に加え、昼は食堂とすることにした。こうして「稲村ヶ崎食堂&Bar」として”のれん”を掲げるようになった。そして、次の挑戦の場が、この御成通りだった。とは言え、開店当初は逆風だった。新型コロナウィルス感染症の影響が色濃く残り、外で飲む文化はまだ戻っていなかった。オープンしてもすぐに休業を強いられ、苦しい時間が流れて行った。静かなカウンターで、藤井さんはじっと街の変化を待ち続けたという。

そんな中、藤井さんがオープン当初から「店の顔」として育ててきたのが、御成ハイボールだ。ブレンデッドウイスキーをベースに、ただ「美味しい」と自然に口をついて出る一杯に仕上げている。確実に記憶に残る一杯だ。また、藤井さんは地元とのつながりを何よりも大切にしている。酒は御成通りの酒屋の”高崎屋本店”から仕入れ、食材もできる限り顔の見えるものを選ぶ。その流れの中で、鎌倉クラフトジン露も自然とカウンターに並んでいる。
この店を語るうえで、もう一人欠かせない存在がいる。美人女将のみさとさんだ。

すらりと背が高く、凛とした佇まい。着物に割烹着という姿で店に立つ。だが、みさとさんの魅力は見た目だけではない。「今年は、飛躍の年にしたいんです」そう語る一方で、目指しているのは肩肘張らない”おばんざい”のような手料理でのおもてなしだという。新年早々に御成Bar &Cafeを訪ねると、女将のみさとさんから思いがけない一皿が差し出された。藤井さんのお母さまが手作りした黒豆だという。正月を感じさせるその素朴な甘さが酒と良く合う。盃を持つ手を自然と次へ運ばせる。菊正宗の樽酒が、女将の手酌もあっていつもより一段とすすんだ。

藤井さんの積み重ねてきた時間と、みさとさんのこれからの挑戦。その交差点にあるのが、今の御成Bar &Cafeだ。今年もきっと、このカウンターで新しい魅力に出会える。そんな予感を胸に、今夜も御成通りの灯りに吸い寄せられてしまいそうだ。
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