酒場紀行 vol.24 アナザーストーリー
鎌倉クラフトジン露の蒸留6回目。ボタニカルの一つ、グレープフルーツ40キロ。自らの手で調達した果実には、どこか覚悟のようなものが宿る。鎌倉・材木座にある八百喜商店にお願いして仕入れてくれたグレープフルーツは、トルコ産。手に取った瞬間にわかる、張りのある果皮と、ずっしりとした重み。一つひとつが、きちんと選ばれてきたことを物語っていた。八百喜さんは、定休日以外、朝から深夜までお店が開いている。私が飲んだ帰り、夜も更けた時間帯にお店の前で店主らと目が合うと会釈するが、気まずい思いをしたことは数えきれない。

グレープフルーツ・ピールを剥きながら、ふと果肉を口に運ぶ。これが、実にうまい。みずみずしさの中に、キリッとした苦味と爽やかな甘み。部屋に立ちのぼる香りもまた、澄んでいて迷いがない。自然と、蒸留への期待が膨らんでいく。40キロのグレープフルーツから取れたピールは、わずか約3キロ。スタッフの近藤さんと二人でひたすらピールを剥いた。作業は3時間程度だったと思う。それを1キロずつに小分けし、丁寧に真空にして冷凍庫へ。冷凍した方が繊維が壊れて、香りが立つらしい。料理研究家でもある近藤さんのアドバイスだ。この静かな準備の時間もまた、蒸留の一部なのだと思うと楽しい。

そして、いよいよ蒸留前日に沼津へ。沼津へは鎌倉からJRを乗り継ぎ、早ければ1時間30分で行ける。沼津駅に着くと、まず、バスで沼津港へ行く。港で魚定食を食べるのが楽しみの一つになっている。その後、天気が良いと沼津港から徒歩で沼津蒸留所へ向かう。狩野川の風が心地よい。沼津蒸留所の小笹社長と一晩の漬け込みのため、ジュニパーベリー、グレープフルーツピール、ヨモギ茶をベーススピリッツにそっと沈めていく。香りの層を重ねるような、静かな作業だ。

さらにその数日後、早朝の凛とした空気の中、北鎌倉・浄智寺にて水を汲む。朝比奈ご住職、そしてスタッフの近藤さんの手を借りながら、いつものように、しかし、どこか特別な気持ちでその清水をボトルへと収めた。こうして整ったすべてを、沼津へと送り出す。

4月16日(木)の午前、蒸留されたジンが届いた。今回は自ら用意したグレープフルーツピール。さっそく、コルク栓を開けてバカラのイヤータンブラー(2025年)にそっと注ぎ込む。最初はストレートで試飲する。次は少量のお水を加えてみる。最後は炭酸を注いでそれぞれの香りの立ち方、風味、余韻を確認する。グレープフルーツの爽やかな香りが心地よく、ジョニパーベリー、ヨモギの余韻が楽しめる上質なジンに仕上がった。グラスの向こうに、材木座の八百喜の灯りと、浄智寺の静寂が重なる。
沼津蒸留所 https://flavour.jp
